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2026.05.12
こころのノート 第1回
忘れられない出会い
この10年、たくさんの利用者様と出会ってきました。
その中でも、今でも鮮明に思い出す、忘れられない方がいます。
出会いは「最悪」でした。
その方の担当となった初日の、最初のご訪問。
開口一番、「あなたのその話し方嫌い!」と言われてしまったのです。
話し方を否定されると、どう話せばいいのか分からなくなる……。
冷や汗をかきながら、「私、この話し方しかできなくて……」と必死に返答したのを今でも覚えています。最悪のスタートでした。
その方は「進行性核上性麻痺」という、徐々に体の動きが自由にならなくなる難病を患っていました。
「何でも自分でやらないと気が済まない」という強い性格と、病気との相性はとても悪く、出かけては転び、転んではまた出かけていく。
その度に、傷の様子を見に行ったり、危ないからと引き止めたり。
そんなやり取りを繰り返すうちに、少しずつ距離が縮まっていきました。
「あなた、今日は何しに来たのよ!」
口ではそう仰るのですが、顔を合わせると、固かった表情がふっと緩む瞬間がありました。その様子に、私も密かに喜びを感じていました。
本棚に隠された、その人の「人生」
読書が趣味だったその方のリビングには、難しい内容の本がずらりと並んでいました。
ある日、ふとその本棚を見ると、なんとその方自身が執筆された本が何冊もあったのです。親子の関係について書かれた、深く、難しい内容でした。
「すごいですね!」と触れてみると、
「もう何を書いたか全部忘れちゃった」と笑う彼女。
その時は二人で一緒に笑い合いましたが、私は「きっと、輝いていた頃の自分を過去に置いてきてしまったのだな」と、切なく感じていました。
けれど、それから1年ほど経ったある日、またその話題を出すと、
「本当は、全部覚えてる」
と、ぽつりと言ってくれました。
あぁ、この人はちゃんと自分の人生を今に連れてきているんだ。そう分かった時、本当に、本当に嬉しかった。
「らしさ」と向き合った第2章
その後、症状が進行し、近所のサービス付き高齢者向け住宅へ入居することになりました。
海外から戻られた息子さんと三人で考え、決めた新生活。ケアマネとしての私の担当はそのまま継続。いわば「第2章」の始まりでした。
生活へのこだわりは相変わらずで、良かれと思った提案はすべて却下(笑)。
私から見れば転倒しそうな場所に洋服をしまい、安全な場所には使わない物を置く……。
ハラハラする配置でしたが、それがその方のライフスタイルであり、「その人らしさ」そのものでした。
案の定、転倒の連続。
歩行器を変えたり、手すりをつけたり。あれやこれやとサービスを調整する毎日は、まさに「奮闘」の二文字でした。
最後のわがままと、届いた「ありがとう」
入居から1年。食事を摂るのも難しくなってきた頃、私はあえて食事の時間に訪問しました。
私がスプーンを口に運ぶと、彼女はとても嬉しそうな笑顔を見せてくれました。施設の方には「他の人の介助はいらない」と抵抗していたと聞き、また胸が熱くなりました。
体調を崩して入院され、もう面会が難しい状況になった時、私はケアマネという立場を最大の武器にして(笑)、何とかお会いしに行きました。
「もうあと数日かもしれない」という予感がありました。
こっそり持ち込んだ、甘い療養プリンとドリンク。
二人でおしゃべりをしながら、一緒に食べました。
帰り際、彼女は今までに聞いたこともないような大きな声で言いました。
「帰らないで!」
その懇願する姿に、「また明日来るからね」と伝えて病室を出ましたが……
明日は、もう来ませんでした。
「もう少し一緒にいてあげればよかった」
あの光景は、今でも忘れられません。
後日、息子さんからお手紙を受け取りました。
中には、彼女の小さな字で「ありがとう」と書かれたメモと、デパートの商品券が入っていました。
お金はあるけれど100円だって使いたくない。
あんなに頑固だった彼女が、最後に遺してくれた感謝の形。
私はポロポロと涙がこぼれ、そのうち大声でワンワンと泣きました。
あんなに最悪な出会いだったのに、最後は誰よりも私を受け入れてくださった。
この出会いは、私の大切な宝物です。
これからも、ひとつひとつの出会いを大切にしながら、こころ介護事業所として地域の皆様と歩んでいきたいと思います。
今日の笑顔が、明日もあさっても続きますように

